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ミュージックステーション。
髪をきった珠理奈がとても素敵です。
今日という日を、
クギヅケと言う言葉を学習した日として心に刻むつもりです。

中野話続き。
東京に住む、と決めたのは26歳の頃でした。
現在、38歳。およそ12年前の事です。
確か、九月だったと思います。
当時の自分は大阪の割と大っきい画材屋さんでアルバイトをして
おりました。
絵本を製作しできれば出版社に持ち込みに東京にいく、という事を
繰り返しておりました。
深夜バスに揺られて着いた新宿はいつも薄曇りで、ごみ置き場に
鴉が群がっておりました。
マクドナルドで朝食をとり、東京の地図をみながら出版社の位置を
確認。
どこにでもあ、マクドナルドでしたが、自分にとってはあの場所が
わくわくドキドキの東京、出発地でした。
街には宇多田ヒカル、椎名林檎が流れていました。
持ち込みに訪れては確かな反応も得られず、帰路につく日々。
けっこう、絵や話を作る事に自信があった自分の心はどんどん折れていきました。
おかしい、こんなはずじゃないのに。

今でもそうなんですが、打たれ弱い自分。
悩んで悩んで、NIGHT&DAYな日々。
それで決めたんです。
東京に行こう、と。
これしかない、自分はもう東京人になるしかない。
なんでしょう、一体何を考えてたんでしょうか。
良くわかりません。
でもきっと、住んだら何か、変わると思っていたんでしょう。
もちろん何も変わりませんでした。
相変わらず、毎日をだらだらと過ごし、停職にもつかず暮らす。
生産的な事なんて何もありません。
今はなんとか、職は得ましたが。

今ふりかえってみてここまで何もない人生てどーなん?!と自問自答します。
でもけっこう、楽しく過ごしてるんですよね毎日。
何でやろ。わかりません。

で、中野の話をいっさいしてない自分に。
そう僕はね、中野に住みたかったんですよ最初。
でもなんだかんだで三鷹に落ち着いたんですけど。

モーヲタが初めてできたのも中野の地でした。
よくファミレスで今後の娘。について論議した日々を思いだします。
楽しかったなぁ、、、中野。
昔、大阪時代つきあってた彼女が中野から来た子で中央線でよく
痴漢にあったって話をしていて、なんてけしからん街なんだ!東京。
と罪もない彼女に怒っていた自分の事は秘密の花園神社です。
言うたもん勝ち。

ゑ 絵本製作中