今日は寒い。
先ほど、時間を間違えて近所の歯医者にいったのですが、
ひんやりとした冷えを感じました。
確実に冬は近づいています。 
日産絵本大賞に出そうと思いまして。
作品作りをしていました。
ようやく、形になったかな、と。
本日、発送するつもり。
後は梱包作業を残すのみなんですが、これが割合面倒くさくて
かないません。
原稿のみ、とかデータ入稿ならいざしらず原画を送る作業というのは
なかなかの手間です。
おまけに各公募内容によって若干の規制なんてものもあり、
煩雑にして複雑。
早い話が嫌になります。
すぐ嫌になります。
ここを超えてしまえばほっと一息つけるのですが、
僕のようなぐうたらは、そういう最後のツメみたいなとこで
思いのほか、さぼりたくなる。
堕落が身についております。
これはいかぬ。
乗り切ればあとは楽しいアイドルちゃんとの邂逅。
くわえて、今日は餃子を作るつもりですので、それも楽しみです。

料理するのに喜びを見出すおっさんは
いよいよ主夫への道を邁進するのか。
誰も期待してないことにひとり期待の自分自身。
一番自分を好きなのは自分なのですね。
あらためて気づきました。

今、「サイゴンのいちばんながい一日」 を読み返しております。
やはりベトナムは好きです。
何度読んでもこの本はいい。
戦時下のベトナムを綴りながら、近藤さんの目を通してみた
サイゴン市民の日常が実に素朴です。
考えてみりゃたとえ戦争中だって日々、暮らしていかなければ
ならないわけで、映画やドラマで語られるような劇的な場面ばかりでも
やっていけませんし、人間なれてしまえばどんな状況であろうとも
日常をおくれるものなのかもしれません。
もちろん、国民性といいますか民族性もあるでしょうけれど。
ベトナム南部の人たちはサイゴン陥落まで、そもそも暮らしの中に戦争を
意識する瞬間が少なかったのかもしれない。
ともあれ。
太平洋戦争時代の日本人だってきっとこうに違いない。
子供の頃、戦争ものといえばことさら取り上げられる悲惨な暮らしに、
まるで地獄じゃないか、と直視する事をさていた人は多いはずです。
ですが、それは光の当て方の問題でしかなく三者三様いろんな人が
いるように戦争期だって各々が、様々な考えをもっていきていたんだ、と
当たり前のことにいまさら気づいています。
だいたい、戦後民主主義で活躍した作家先生が少し反体制すぎるんですよ。
それも甘々な、わがまま思想の人が多いといいますか。
なんでもかんでも国家のせい、政府のせい、やれ自分たちの尊厳を守れ、
生活を保証しろ、の大合唱。
おっとこれは表に出てくる人の話。
庶民は淡々と日々暮らしていたに違いないです。
しかし翻ってみればそういう表だって活躍した連中も、普段はその辺の
人らとなんにも変わらないわけで。
そう考えると、難しくなってきたんでこの辺で、
よくわからんまま社会派気取るのはやめます。
ベトナムに行きたい、って話をしたかったのになんでこうなったのか
さっぱりわかりませんが。

来年の春先に行こうかね。
今度は少しながく行こう。
なんて贅沢な生活スタイル、俺。
その前に。
今日は久々、黒瀬サラまつりじゃい!
まってろ秋葉原!